大判例

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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)8947号 判決

昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件の原告

同 第一〇、二九二号事件の被告

以下両事件を通じて原告と言う

原告 日の丸工業株式会社

右代表者代表取締役 坪井一郎

右訴訟代理人弁護士 井上忠己

昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件の被告

同 第一〇、二九二号事件の原告

以下両事件を通じて被告と言う

被告 大串乕六

右訴訟代理人弁護士 宮川寛雄

金綱正己

森川金寿

小島竹一

昭和二四年(ワ)第八、九四七号事件の被告 高島岩太郎

右訴訟代理人弁護士 宮川寛雄

主文

一、昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件につき被告大串は、原告に対し、別紙目録記載の土地を、その地上にある別紙目録記載の建物及び右地上の耕作物を収去して明渡し、かつ昭和三四年八月一二日より土地明渡済に至るまで一ヶ月につき金四、八六〇円の割合による金員を支払うべし。

被告高島は、原告に対し、別紙目録記載の建物より退去し、その敷地(約九坪)を明渡せ。

二、昭和三四年(ワ)第一〇、二九二号事件につき被告大串の請求を棄却する。

三、訴訟費用は右両事件を通じてこれを一〇分し、その一を被告高島の、その九を、被告大串の負担とする。

四、この判決のうち第一項につき原告が被告大串に対し、金三〇万円、被告高島に対し、金一〇万円の各担保を供すれば、当該被告に対しかりに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

1、原告は主文第一、二項同旨、訴訟費用は、被告等の負担とするとの判決竝びに主文第一項につき仮執行の宣言を求め、

2、被告大串は、

昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件につき原告の請求を棄却する。

昭和三四年(ワ)第一〇、二九二号事件につき、

原告を賃貸人、被告大串を賃借人とし、両者間に別紙目録記載の土地(以下本件土地と言う)につき耕作の目的のため、昭和一八年三月より向う二〇ヶ年(期間満了のさい法定更新)の賃借権を有することを確認する。

訴訟費用は両事件を通じて原告の負担とする。

との判決を求め、

3、被告高島は、

昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求めた。

第二、昭和三四(ワ)年第八、九四七号事件の当事者の主張

1  請求原因

(イ)  東京都江東区深川有明町一丁目四番宅地二、一〇〇坪六勺は原告が昭和三四年八月一一日訴外日の本産業株式会社より買受け所有権を取得したものであるところ、

(ロ)  被告等は、原告に対抗する権限がないのに被告大串は右宅地のうち本件土地の上に別紙目録の建物を所有し、かつ右土地を耕作の用に供し右土地を占有し、また被告高島は前記建物に居住し、その敷地を占有している。

(ハ)  被告大串は右占有によって原告に対し原告が所有権を取得した昭和三四年八月一一日の翌日より相当地代と同額の損害を被らせている。

そして本件土地の昭和三四年度の固定資産評価額は一坪につき金二、〇二五円であるから、その地代額は一ヶ月につき金四八六〇円であり、被告大串は原告に対し右損害を与えているものである。

(ニ)  よって

被告大串に対し、右建物と耕作物を収去し、本件土地の明渡と、昭和三四年八月一二日以降右明渡済に至るまで一ヶ月につき金四八六〇円の割合による損害金の支払いを求め被告高島に対し、右建物より退去し、その敷地の明渡を求める。

2  答弁

(イ)は認める。

(ロ)も認める、ただしその占有は後記抗弁のとおり原告に対抗できるものである。

(ハ)のうち、原告主張の固定資産評価額は認める。

3  抗弁

(イ)本件土地を含む一帯の土地はもと海面であったが昭和一一年一〇月一九日東京市(後に東京都が承継)が公有水面埋立法にもとづき国より埋立の免許を受け埋立工事に着手し、昭和三二年一一月一五日埋立竣工認可があり東京都がその所有権を取得し、昭和三三年四月二四日その保存登記をし、昭和三三年六月二一日(その登記は昭和三三年一〇月二八日)訴外日の本産業株式会社に、ついで昭和三四年八月一一日(即日登記)原告に所有権が譲渡されたものなるところ、

(ロ)これより先被告大串は昭和一八年三月東京市港湾局一〇号埋立地作業員として勤労していたが上司である港湾局係長横田稔の勧奨により同係長、同局々長を通じて東京都と本件土地につき、甘藷、その他農作物並びに養畜を目的とし、賃料(小作料)は三反歩分の甘藷を納付すること、期間は一応二〇年農業経営のため住宅、車庫、倉庫物置豚舎等の工作物を所有することを許諾されたものである。

被告大串が東京都から本件土地を耕作のため賃借した当時は前述のとおり埋立工事は完成していなかったが公有水面埋立法第二三条によれば埋立免許を受けた者は竣工前において埋立地を使用することを得るものとされており、右被告大串に対する賃貸は適法のものと言うべきである。

(ハ)したがって東京都より日の本産業株式会社を経由して本件土地の所有権を取得した原告に対しても右小作契約をもって対抗できるものであって(二〇年の期間満了のさい法定更新)被告大串の本件土地の占有は違法である。

(ニ)被告高島は被告大串が適法に有している権利にもとずいて建築所有する建物を被告大串から賃借しているのであるからその敷地の占有も原告に対抗できる。

(ホ)仮に右賃貸借契約の成立が認められないとするも、被告大串は昭和一八年三月以来本件土地を賃借の意思をもって平穏且つ公然に占有し、農耕に従事しその占有を始めた当時都関係者の承認と激励を受けて生産増強のため開墾農耕を開始したもので被告大串は善意で無過失であるから被告大串は右賃借権を昭和二八年三月の経過とともに時効によって取得したからいずれにしても、その占有は原告に対抗できる。

4  抗弁に対する答弁

(イ)は認める。

(ロ)のうち、被告大串が昭和一八年三月以来本件土地で農耕に従事したこと及びその身分関係は知らない、被告大串が本件土地を東京市から賃借したことは否認する。

(ハ)は否認する。

(ニ)被告高島が被告大串からその主張の建物を賃借居住していることは認めるがその土地の占有が原告に対抗できるとの主張は争う。

(ホ)被告大串の本件土地の占有が昭和一八年三月から始ったかどうか知らないが原告が本件土地の所有権を取得する前より農耕していることは認める。

その他の主張事実は否認する。

第三  昭和二四年(ワ)第一〇、二九二号事件の当事者の主張、(本件の原告はここでは被告といい、本件の被告は原告と略称することは本判決の冒頭記載のとおり)

1、請求原因

(イ)、賃借権が契約によって成立したとの主張

被告大串は前記第二、3抗弁(イ)、(ロ)、(ハ)のとおり主張した。

(ロ)、賃借権の時効取得の主張

被告大串は前記第二、3抗弁(ホ)のとおり主張し

2、答弁

(ハ)、よって右賃借権確認を求める。

原告は前記第二、4抗弁に対する答弁(イ)、(ロ)、(ハ)、(ホ)のとおり答弁した。

≪証拠≫略

理由

第一、昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件

一、本件土地を原告が所有し、被告大串が本件土地に別紙目録記載の建物を所有し、かつ本件土地において農耕し本件土地を占有していること、被告高島が右建物に居住してその敷地を占有していることは当事者間に争がない。

二、そこで被告等の抗弁につき判断する。

(イ)  先づ賃貸借契約の成立について、

東京市(後東京都)が、その所有し、もしくは管理する土地につき賃貸借契約を結ぶためには少くともその契約を締結する権限あるもの、すなわち市長(後の都長官もしくは都知事)と、これを締結しなければならないことは当然であるのに本件の全証拠によるも被告大串が東京市長都長官もしくは都知事と本件土地の賃貸借契約を締結した証拠は存在しないからこの点にかんする、被告等の抗弁は採用できない(証人高橋末松の証言と、被告大串本人尋問の結果によれば被告大串は昭和一八年当時東京市の傭員として本件土地の埋立工事に従事中、東京市の港湾埋立にかんする現場係長横田稔の許しを得て本件土地を開墾の上農耕し、右横田の上司である赤沢課長もこれを黙認していたことが認められるがこれだけで東京市、もしくは東京都と小作契約が成立したものと認めるわけにはゆかない)

(ロ)  そこで賃借権の時効取得について。

証人内村三俊、同高橋末松の証言竝びに被告大串尋問の結果によれば前記認定のとおり、被告大串は昭和一八年頃東京市の埋立現場の出先係長の許しを得て本件土地を開墾し爾来農耕し、終戦に至るまでその収穫した甘藷を若干都の購売会に供出したことを認めることができる(三反分の収穫をそのまま供出したとの被告大串の供述は信用できない)。

しかして賃借権も財産権であるから民法第一六三条によって時効取得の対象となることは勿論であるが少くともその公然性として時効取得に必要な期間中地代(小作料)の支払を必要と解すべきところ、被告大串本人尋問の結果によると、同被告が小作料として主張する甘藷を東京都の購売会に供出したのは終戦時まででありその後は何等の対価も支払っていないことが認められるのみならず被告大串が本件土地の耕作につき東京市の出先係長の許諾を得たことを目して東京市との間に本件土地につき小作契約が成立したものと信じていたとするも権限ある者との間の契約でないのにそう信ずることは通常人として過失があると言わなければならないから民法第一六三条同法第一六二条第二項の取得時効の要件をみたすことができない(同法第一六二条第一項の要件をみたさないことは本訴土地明渡の訴状が昭和三四年一一月一四日被告大串に送達されていることに徴し明らかである)から被告大串主張の賃借権時効取得の抗弁は採用できない。

三、以上認定のとおり被告等の抗弁はいづれもこれを採用できず結局被告大串は別紙目録の建物を収去しかつ本件土地上の耕作物を収去して本件土地を原告に明渡さなければならず、又被告高島も、右建物より退去してその建物の敷地を原告に明渡さなければならない。

四、しかして、被告大串は原告に対し原告が本件土地を取得した昭和三四年八月一一日の翌日である同月一二日以降相当地代と同額の損害を被らせているものと云うべきであるが、本件土地の昭和三四年度の固定資産評価額が一坪につき、二、〇二五円であることは当事者間に争がないから本件土地の昭和三四年度の適正地代額は原告の請求する一ヶ月金四、八六〇円であって、その後公定地代は右金額より増額されるとも、減額されないことはその後の物価の上昇、公租公課の増額等に照しこれまた明瞭であるから、被告大串は原告に対し昭和三四年八月一二日以降右土地明渡済にいたるまで一ヶ月につき金四、八六〇円の地代相当の損害金を支払わなければならない。

第二、昭和三四年(ワ)第一〇、二九二号事件被告大串が原告に対し確認を求めている賃借権の存在しないことは前記昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件の判断で示したとおりである。

第三、結び

よって昭和三四年(ワ)第八、九四七号事件につき原告の請求を全部認容し昭和三四年(ワ)第一〇、二九二号事件につき被告大串の請求を棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 地京武人)

〈以下省略〉

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